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5月の末から6月の上旬にかけて、紅の花を咲かせるデイゴの巨木。
1266年〜1609年の約340年間、奄美が薩摩藩の侵攻を受ける前は、琉球王朝に属していた。当時、琉球との交易港の目印として植えられたと言われている。
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加計呂麻島唯一の滝。
水が豊富で涸れることは無い。
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生間の港。加計呂麻の東側海の玄関口。
町営定期フェリーの発着港。
バス路線2系統の起点ともなっている。
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壇ノ浦の合戦に敗れた平家の落人、平資盛(スケモリ)が諸鈍に落ちのび、根拠地を築いたとされている。
資盛がはじめ、諸鈍に伝えたとされる『 諸鈍シバヤ 』は、 国の重要無形民族文化財に指定されている。
旧暦の9月9日に行われる“大屯神社祭”には、島内外から多くの見物客でにぎわう。
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諸鈍の浜づたいに並ぶデイゴの巨木。
それぞれ樹齢250年から350年といわれている。琉球との交易の港の目印として、琉球から持ち込まれ植えられたとされている。
5月の末から6月の上旬に紅の花をさかせる。
このデイゴ並木も、男はつらいよシリーズの最終作『寅次郎紅の花』のロケ地としても知られている。
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男はつらいよシリーズの最終作『寅次郎紅の花』のロケ記念碑。
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大正9年に構築された、旧陸・海軍の弾薬庫。
この安脚場は、大島海峡の東の入口として、砲台や防備衛所など数多くの戦跡が残されている。
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砲台が据え付けられていた場所。
コンクリートはそのまま残されている。
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対岸は奄美大島。太平洋が一望できる。
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大島海峡入口に網を張り、網に機雷を敷設し艦船が進入してくると、爆破コントロールしていたとされる防備衛所内部。
雨の日は、ヤギが雨宿りをしている光景も・・・。
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渡連海岸を眺めながら島料理を食べることができます。宿泊も可能。
手前の紫の花はブーゲンビリア。
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スリ浜の海水浴場。
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宿泊施設が充実しています。
シーズン中は、多くのダイビング客でにぎわいます。
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写真の小型艇の船首部分に250キロ爆弾を搭載して、敵艦に体当たりするために考案された、日本軍の実用化された秘密兵器の震洋艇(通称04艇)。
この呑之浦基地には50艇の震洋が、12の壕に格納されていたという。
この写真の震洋は、映画『死の棘』撮影時に復元された。
この基地の隊長を務めたのが島尾敏雄である。
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島尾敏雄隊長は、3度の出撃準備命令が下るも、ついに出撃は無く終戦を迎え復員後、作家としての人生を歩む。
代表作『死の棘』は、小栗監督により映画化され、岸辺一徳 ・ 松坂慶子が共演し、カンヌ国際映画祭では審査員特別グランプリ等を受賞した。
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ガジュマルは熱帯系の常緑性の高木で、奄美に伝わる“ケンムン”という妖怪が住む木として、神聖なものとして扱われてきた。
この於斉ガジュマルは、男はつらいよシリーズの最終作『寅次郎紅の花』のロケ地としても知られている。
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加計呂麻島のほぼ中央にある瀬相港。
町営定期フェリーの発着港。
バス路線7系統の起点になる加計呂麻島の中心地。
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薪で長時間煮詰めて乾燥させる製造工程が見ることができる。