何もない。すべて、失った。

それは、父が私に残した財産だった。 私はそのすべてを、枯らせてしまった。
思えば、私はくだらない生き方をしてきた。
くだらないというより「だらしない」のほうが正解だろう。「だらしない」はすべてを失わせるのだろう。きっと。
もう私には、何もない。すべて、失った。

信じることで生まれる

でも、ひとつだけやり残したものがある。
それは、父と共に作った「ソテツ農園」だった。
まだ枯れてなかった。 
私は暇さえあれば、ソテツ農園の伐採をしている。伐採もお金がかかるものだ。
誰もが私に言ってくる。「お金がもったいない」と。
私自身、そう思っている。しかし、私はこう答える。
「信じている」と。
信じることで、何か生まれてきそうな気がする。

頂上への階段

人は頂上への階段と言えば何を連想するのだか、私の場合は夢をかなえる事を連想します。
今、私が作っているのが頂上の階段です。なぜ作っているのかというと、いぜんここソテツ農園は大規模な山火事をおこしました。その時おおぜいの人たちが火を消しに来てくれた。500人以上いた。火は8時間ぐらいで消えた。それから何年もソテツ農園には行かなくなった。
それでいいのだろうか?
反省とは諦めるものではない。諦めたら何も生まれない。
何かを作ろう。願い、頂上への階段。それは奄美大島の人々やたくさんの人が夢や目標を叶えるように願こめて作ってます。
これが私にとって反省でもあり償いでもあります。
私の仕事は、林業、農業です。

私には目標がある。

ソテツ農園という目標を達成し、生き方のステップにしていけたらいい。
私にはもう“ここ”しかないから。
いつも農園の伐採が終わると見る丘があった。なんだか知らず作ったその丘へ登ってみると、夕日が見えた。水平線に沈む夕日。
私の目から、何かがこぼれ落ちた。俺は声に出して叫んだ。「がんばろう!」と。そして、心に誓った。「がんばるぞ」と。
そのとき、この丘を「ガンバロウ丘」と名づけた。

自分にとってのパワースポットなのかもしれない

今、父がいないこの農園が、生きるか枯れるか、まだわからない。俺は、この農園に肥やしを入れる。
「努力」という名の肥やしを。
俺の今までの行き方は「後悔」という答えだ。
これからの行き方を無駄にしてはいけない。

俺は強くなった。
この丘に登って強くなった。
この丘は、俺にとって「パワースポット」なのかもしれない。

ナリ収穫

ソテツ農園の場所

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